イチコのスイカ イチコが頬張っている。 ソフトクリーム。 今日のワンピースは焦げ茶色。 日差しは容赦なく二人を照りつける。暑い。溶けるか。 「そういえばイチコ、誕生日プレゼントをあげていないままだったね」 自転車をゆっくりと押していく。昼下がりは好きだ。 「キイチは、」 「うん」 「何かくれるつもりなのか、」 白い麦わら帽子と赤いサンダル。黒い髪。 イチコが見上げてくる。 「もちろん。今までイチコの誕生日にプレゼントをあげなかったことが」 「うん。ない」 真顔で答えてくる。 「何が欲しい?」 ちょっと考え込んで、舌先でソフトクリームを舐めている。 イチコはソフトクリームを舐めるのが本当に上手い。 「去年はゴジラのぬいぐるみセット。パノラマタウン付き……だったかな。だから今年は、モスラかキングギ……」 絶対こぼさない。 「今年は可愛らしい物!……なんて、」 失言。イチコが睨み付けてくる。 やばい。 望みのないことを言ってしまった。甘かった。 「ワタシの言葉を遮るなんて。キイチ、いい度胸だな」 「そんなつもりはなかったんだけど……いや、その、ねぇ?」 慌てて弁解する自分が情けない。暑くてたまらないのに、出るのは冷や汗。 汗一つかいていないイチコ。 機嫌を悪くさせてしまったらしい。 そっぽを向いて、歩く速度を速めている。 (いつか置いていかれる) 本当に扱いにくい。 (追いつく) と、イチコが少しばかり意地悪げに唇をつり上げる。 「まぁいい。妥協してやろう。可愛らしい物でもいい」 イチコのことだ。きっと何か打算があるに違いない。 知らず知らず心の内で身構える。 「いや、モスラでもキングギドラでもウルトラマンでもアンパ……」 「だから、」 そうだ。イチコはヒーローが好きだ。 「もういいと言っている。それはクリスマスだ」 強くて強くて正しくて? 「じゃあ。可愛らしい物って……?」 恐い。イチコの言葉を聞くのが。 そんな気持ちに気付いたのだろうか。 イチコがくすん、と笑う。 可愛らしいのに不気味だなんて、イチコだからだ。 「あのね、一つお願い事があるの。それを誕生日プレゼントにしてほしいな」 らしくもない、舌足らずな甘い声。 自分が一番可愛く見える角度で見上げてくる。 普段のイチコからは考えられない仕草に、鳥肌が立っていた。 その目に吸い込まれそうで、しかし。 容姿に感動している場合ではないのだ。 一体、どんなお願い事をしようというのか。 神様。 「どんなことだ?」 すぐに承諾しては危険だ。いや、危険すぎる。 おそるおそる尋ねる。イチコがいたずらっ子のように笑う。 いたずらっ子? そんな可愛いもんじゃない。神様。 「走ってほしいんだ」 ここで安易にいいよ、なんて言ってしまうのはイチコを知らないからである。 油断大敵火の元注意。 「どこを?」 理由など聞いてはいけない。きっとそんなもの、ない。 「線路の上」 「……はい?」 「鈍いな、キイチ。だから」 だからって、何がだからなのだろう。 「一緒に鈍行列車に乗ろう。そして、ワタシが気に入った駅でキイチが降りる」 「それで?」 胃が。胃が痛い。 「で、次の駅までキイチが列車の前を走る。どう?」 どうって、何がどうなのだろう。 「良い考えだろう」 いいえ。 「次の駅で無事乗り込んでこられたら、感動の再会だ。まさにスリルとサスペンス」 極上の笑みの、悪魔がいます。神様。 「これこそプラトニックなプレゼントじゃないか」 気力ゼロ。至急補給を要求。 「イチコさん、俺を殺す気?」 イチコが本気で嬉しそうに笑う。 「轢かれないように走る」 この顔でこのセリフ。 「列車は人を前にしては走ってくれないと思うけど……」 「バカだなぁ。だからぎりぎり死角を走るんだ」 泣きたい。 「出来ないよ。そんなこと。これが出来たら百万円、って言われたって出来ない」 いや、百万円で命をかけてたまるか。 「だめ?」 イチコがわざと目を潤ませる。 もう騙されるものか。 最初から騙されていないが。 「とにかく、そんな人間離れしたことは出来ない」 じぃーと見つめられる。 見つめられても困ります。 「今、このソフトクリームを、」 喋りすぎたせいか、溶けかけている。 「キイチのそのへなちょこな顔になすりつけてやりたい気分だ」 「すごく困る」 の前に、へなちょこな顔ってどういう意味だ。 イチコ語は理解不可能。依然として。 (愛しくなんか) 「キイチのバカ」 怒ってなどいないくせに。 「もういい。キイチになんか、もう何も頼んでやらない」 背を向けて、さっさと歩き出す。 振り返る。拗ねた顔。 「わけはない」 ついていけない。 「結局なんなんだ?」 イチコがぱ、と手を開く。 「今から、マーケットに行こう。それで、スイカを、大きいのを一玉買ってこよう」 大きいスイカ。 「おいしそうなのがいい」 「それで?」 「キイチのところで、半分こにざっくり切って食べよう」 抑揚なくしゃべる。そして。 「種は全部キイチにあげるよ」 走り出した。 |