雪の向こう


 「土方さんが熱を出すなんて、まさに鬼の霍乱というものですよ」
 「うるさい。少しは静かにしろ」
 風邪を引くなんて思いもしなかった。最近、仕事のしすぎだったのだろうか。
 なんとなく頭が重いと思っていたら、その日のうちに熱が出た。
 「病人が偉そうな口聞いたら駄目ですよ。おとなしく私に看病されていてください」
 「うるさい」
 そうして不本意にも、何故か総司に看病されている。
 適任の者が、他にいるはずだろうに、どうしても自分がするのだと言って聞かなかった。
 「やだなぁ。口はいつものままだ」
 実際、言葉を返す余裕なんてない。
 ただ、総司の軽口ばかりずっと聞かされている。
 頭が重い。笑顔が遠い。


 「だって、土方さん。私以外の人に看病されたいですか」
 弱い姿なんて見せるの嫌でしょう。


 今日もまた結い上げていない総司の髪を注意する気にも、なれなかった。
 もう子供ではないのだと、何度言い聞かせても子供のような真似をやめない。
 「鬼が静かにしているせいかな、今日は平和ですね」
 総司の冷たい指が額に触れたのを感じる。
 目を閉じた闇の中には、何も映っていなかった。
 「後で雪兎を作ってきてあげますよ」
 冷たい。
 雪の。
 「土方さん、聞いていますか」
 今は、この、自分の部屋一つが世界の全てだった。
 「土方さん?」
 そうか。甘やかしすぎたのか。


 「土方さんがいなくなったら、私もついて行っちゃいますよ?」
 だってそうしないと、本当は泣くくせに。


 雪兎、だった。
 確かに、枕元に置かれているのは雪兎だった。
 「総司、これは……」
 「土方さんが眠っている間に作ってきたんですよ」
 決して大きくはない。むしろ小さい。
 赤い実の目。濃い緑の葉で作られた耳。
 何故か目の上に添えられた小さな枝のせいで、目つきが悪かった。
 「可愛いでしょう?一生懸命作ったのですからね」
 「……そうか」
 「土方さんそっくりでしょう」
 自分で言って、自分で笑えるのなら世話はない。
 子供だ。
 自分は、子供をこんなところに連れてきたのだと思った。
 「土方さん、明日は元気になってくださいよ?」
 「ああ」
 白い雪に。
 「また明日、私も剣を取りますから」
 誰かの死のために。誰かの生のために。
 自分のために?
 赤い血が。
 誰の血?


 雪の向こう。
 「ねえ、土方さん。今度故郷に戻ったら」
 今度。一度も戻ったことなどない。
 「今度は皆で、」
 少しくらいの望み、まだ持ち続けてもいいですか。
 喉の奥が痛かった。あなたは明日には治るでしょう。
 肺がごろごろ鳴っていた。


 「総司?」
 目を開けるのが億劫で、表情が見えない。
 「何でもありませんよ。そうだ、何か食べます?」
 「食べるか……」
 「きっと何か食べるとすぐに元気になりますよ」
 ねえ、と総司の笑う声だけが聞こえた。


 もう一つ雪兎が必要だと、後で作ろうと、そう思った。 



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